今日は大分地方は雨。昨日より涼しくなりましたが、肝心な切り出し作業ができません。
これは困りましたね。予定が狂った分、納期の調整が必要そうです。
さて今日はケイジャンチキンを作ってみました。
アメリカでルイジアナが本場の料理です。スパイスが効いた料理で見た目はイマイチでも美味しいですよ。
鶏胸肉だと家計にも優しいです。

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今年長女は受験生です。中学生になったのがついこの間のことに思えますが、あっという間に3年生。
先日、とうとう進路PTAがあり行ってきました。
今回の高校受験からいわゆる「脱ゆとり教育」の中で育った最初の試験で、内容が記述問題が増えてその分試験の時間や得点が変更になります。

さて私、学生時代それほど国語が得意ではありませんでした。我が家の男共は総じて現代文での「気持ちを書きなさい」的な問題で微妙にずれたことを書いて減点される残念さんたちです。
数学は得意ですが、やはり数学が得意だった友達が「数学ははっきりした答えが出るから好き」と言っていました。私もそうだと思っていたんです。

しかし出口汪氏は「国語は論理的な科目である」と言っています。
出口氏には批判もあるようですが、私にはとてもわかりやすい講義ですし、何より評論や小説の解き方は学生時代に知っていれば、と後悔しました。
中学1年生のとき国語が得意な娘のために与えたのが『出口現代文入門講義の実況中継 問題演習1 評論文の解き方』です。残念ながらこの本は大学受験用の本です。
国語が得意なのに何故?と思われるかも知れませんが、実は長女もその頃、記述系の問題で微妙に的を外した回答が見受けられるようになっていたからです。

私が苦手な小説や随筆は、何故間違った回答をしていたのかこの本を読んでよくわかりました。
小説を読むとき、多くの人は内容によって喜怒哀楽を感じていると思います。それは主人公の気持ちになって読んでいるからですよね。しかも「自分だったら」というある意味「経験を下敷き」にしているんじゃないでしょうか。
出口氏はそれが正しい判断を妨げていると断言しています。
心情表現は「動作」「セリフ」「文体」「風景描写」から感じ取り「小説を研究対象として客観的に分析せよ」と言っています。私たちはうっかり試験の問題を分析するんじゃなくて鑑賞してしまってたんですね。

最近長女がこう言うんです。
「この本、前は意味が良くわかんなかったのに今は良くわかる」
「国語がこの方法だとスラスラ解ける」
確かに国語は去年、成績が上がってました。今年の担任からも「この子はまだまだ伸びます」とも言われています。どんなにわからない問題でも考えることを諦めない性格は、多分、勉強面でも仕事面でも長所になるでしょう。

来週からテスト。
思う存分お励みなさい。