いよいよ明日はサッカーワールドカップ決勝ですか。
日本が早々に敗退したので周囲ではあまり盛り上がってないようですが、サッカーマニアの我が家は基本的にワールドカップは4年に一度のお祭りです。
時間的に子どもの弁当を作る時間と被ってしまい、音だけでしか楽しめないのが何とも残念です。
オランダ×ドイツの”ダジャレ対決”は実現しませんでしたが、明日は4時にがんばって起きて決勝を観戦したいと思います。

今週は7月にしては大型の台風で九州地方は大荒れでしたが、幸い(沖縄の方ごめんなさい)九州に上陸する頃には勢力も弱まり大きな被害が出ませんでした。
「大荒れ」と言えば今夜の「軍師官兵衛」はいよいよ「本能寺の変」です。
ご存じ、明智光秀の謀反によって織田信長が討たれる歴史的にも有名な事件であり、この時代の下剋上を典型的に表してもいます。

ところがこれだけ有名な話にも拘わらず、何故光秀が謀反を起こしたのか、その理由はハッキリとはしていません。散々にこの事件を扱った芝居やドラマが制作されてきたのですが、その根拠は学者の間でも説が定まっていないため、脚本家が「これが正しいのでは」と思われる説を採用しています。

実は子どもの頃見たアニメでは、光秀が家康が武田信玄を破った祝賀のときに「骨を折った甲斐があった」と発言したのに信長が激怒し、それが積年の恨みを募らせる原因になったというものでした。これも一説ではあるのですが、小学生だった私はそれが真実だとかなり後まで信じていました。
かなり昔のことですから、今のように「幾つもある説のひとつです」などというキャプションは入れない時代だったのでしょうが、純心だった私はそうとも知らず「真実」だと思い込んでいたのです。
困るよなぁ。

軍師官兵衛では主にブラック企業さながらの信長の政治に対する「仕事に疲れちゃったよ。オレってノイローゼなの」を主体にして、最近の研究の見地も取り入れた原因説のようです。
私もこの「ノイローゼ説」がしっくり来る、と思う一人です。司馬遼太郎も”国盗り物語”がノイローゼ説では小説にならないから「怨恨説」にしたんだというコメントをしています。

恐らく親交の深かった荒木村重の突然の寝返りを受けて、というか光秀自身いつ失脚するか内心穏やかではなかったのではないでしょうか。事実、本能寺の変の2年前に佐久間信盛を始めとする重臣が更迭されていて、本来、急進的考えの信長と保守的な光秀はいつか袂を別つ運命だったのではないかと推測できます。
軍師官兵衛の中では信長の短気な性格故に秀吉すら怯えている様子の演出があります。ちょうどそのシーンが家康の祝賀で供された食事の味付けに関するものです。これによって高松城を水攻めにして援軍を求めてきた秀吉の援軍に光秀が失脚して命じられたようになっています。
実際は、光秀以外に差し向けられる軍勢がなく信長が即断したものと思われます。最も兵力のあった滝川軍は北条との戦いに敗れ援軍どころではありません。柴田勝家らは上杉との戦いに勝利したものの反撃を受けている途中。信孝は四国の長宗我部攻略の準備中であり主要なメンバーが何らかの事情で身動きできない状態にありました。
光秀は当然これらの事情に通じている立場ですから、失脚した結果、羽柴の援軍に回されたと解釈はしないと考えられます。
おそらく光秀は信長に疑心暗鬼になっていたのではないか。そう想像します。

戦国の時代、力量があれば天下すら獲れる時代だった故にモチベーションも維持できたのだと思います。その反面、こうした重圧に耐え多くのストレスを抱え込んでいたのではないでしょうか。
そして現代も「終身雇用」は崩壊し、働き方の多様性が求められる時代です。ある意味、この戦国の世に通ずるものを感じないわけには行きません。

さて本能寺の変の後は秀吉の「中国大返し」という大きな転換が待っています。このドラマの山場といったところでしょう。

因みにですが、黒田官兵衛も豊臣秀吉にも、そして徳川家康にも明智光秀謀反の黒幕説があるのです。何れも状況証拠的なもので動かぬ証拠があるわけではありません。仮にそうだとしても、いささかドラマチックな演出が必要で論理的とは言えないものです。

** イベント参加予定 **


【大分ものづくり発見市】
日時:7月17日(木) 11:00~16:00ごろ(18時までには完全撤収)
場所:大分市中央町2丁目5-3セントポルタビル1F
   (トキハインダストリー若草公園店軒先)


【第36回クリエイターズドーム(CREDO)】
日時:7月26日(土) 11:00~16:00
場所:ガレリア竹町ドーム広場


【モノヅクリサローネ in Tanavata Starlight Express 2014】
日時:8月3日(日) 12:00~18:00
場所:iichiko総合文化センター 1F(雨天決行)