台風接近の中、長崎では69年目の原爆平和式典が行われました。我が家は社長が出勤の日は11時が昼食の時間で、毎年、投下時間に黙祷をするのが慣わしなので…もう良いですね。

とにかく昼食の時間に黙祷しました。
原爆投下というのは私たち日本人にしてみれば特別なことだと思います。たった2発の爆弾で瞬時に都市と多くの尊い命(非戦闘員)を奪ったのですから。その犠牲に追悼の祈りを捧げるのは当然だと思います。しかし、一方で靖国に祀られている戦没慰霊者を参拝するとお隣の国が騒がしくなるのはどうなのでしょう。これほど奇妙なことはありません。

ところで、とてもガッカリなことがあります。
市長と被爆者代表の城臺さんのスピーチです。原爆の被害と悲惨さを後世まで語り継ぎ、世界が平和であって欲しいと訴えるのはとても共感ができることです。今だアメリカでは「原子爆弾は戦争を早く終わらせた」という意見が普通なのですから、今後も訴え続けるべきです。
しかし、この場で原爆と直接には関係ない集団的自衛権のことや原発のことを持ち出すのはナンセンスです。ここに非常な違和感を覚えました。

「武力で平和を守るのですか?」と問われれば、全く以ってその通りです。むしろ武力を持たずに平和をどうやって守るのか聞きたいくらいです。スイスはどうして永世中立国でいられるのかと言えば、圧倒的な軍事力があるからです。それ以外に理由はありませんし、自国を侵略者から守るのは国際的に認められた権利です。
憲法9条によって平和は保たれていた、としたら柱としては間違いではないと思います。ですが、それだけで平和を保って行けるのだと考えるのだとすれば見当違いだと言わねばならないでしょう。お題目さえ唱えて平和なら苦労などないわけです。戦後長らく平和だったのは紛れもなく米国の軍事力と核の傘のお陰なんですから。

皆さんは歴史で鉄砲伝来とキリスト教伝来を室町時代の重要な事柄として学ぶと思います。学校ではこれが我が国に新しい戦法と、神の平等な教えが広まったという部分だけしか教えないと思います。
本当は、もうちょっと踏み込んだ説明が必要ですし、教えるべきなのです。
そもそもポルトガルとスペインはなぜこんな極東の国にまでやってきたのでしょうか。香辛料を求めて偶然たどり着いた?答えはノーですよ。
最初から彼等は日本を目的にしていたのです。偶然なんかじゃないんですよ。
ヨーロッパでは植民地アフリカから産出される金を主に決済に用いていたんですが、その量は決して多くはなく深刻な金不足に陥っていました。そこで目をつけたのが日本です。
当時、東アジアで有数の銀産出国だった我が国はどうしても「手に入れたい」国だったのです。それで彼等は、武力にモノを言わせ次々に利用できる国々を征服して行きました。まずは宣教師を入れてキリスト教を広め改宗させ、信用させたところで軍隊を送り込む。こうして征服していったんですよ。
ところが日本では上手く行きませんでした。

日本はですね「男色文化」があったんですよ。キリスト教では禁忌なのですが、これが多くの大名に反感を買って布教活動が認められなかったのです。
そして最大の理由は、圧倒的軍事力があったからです。不遇にも戦乱の世にあって、軍事が最高だったこの国に、他の国と同じ手が使えなかったからこそ、日本は征服されなかったのです。アフリカ諸国は日本人を遙かに凌駕する身体能力を持っていましたが、集団戦法が苦手で戦士としては優秀でも軍としては3流以下だったため植民地に、いや奴隷に甘んじてしまった。
これは開国した幕末から半世紀ちょっと前までの世界の常識ですし、植民地解放の後も「強力な軍事」を背景に外交してきたことに何の疑いがありましょう。だからこそ、明治時代、貧乏な開国したばかりのこの国は「富国強兵」のスローガンと共に列強諸国と肩を並べられる実力を逸早く見に着ける努力をしてきたのです。力のない国は列強の餌食になるのが世界のルールだったのです。

一番残念なのは「戦争のことなんか知らない、知りたくもない」と言いながら批判する連中ですよ。知らないやつに何がわかるの?
本当に残念なのは慰霊者の弔いではなく、反原発やら左巻きのイデオロギにこの神聖な日が利用されているということが許せないんであります。