全国的に今日は節分です。
我が家は豆まき以外特に何も例年しません。華音社長に鬼になってもらい普段の恨みを豆に託して叩きつけ…
いえ、そのようなことは決してありません。
そんなことしたら翌日の朝日は拝めません。

ともかく豆まきだけが毎年のイベントということになっていました。ところが午後に親から電話。
「あんたのとこは恵方巻買った?」
「いやウチは恵方巻は食べんよ」

大分県では恵方巻を節分に食べる習慣がありません。
この風習は関西方面が発祥だと聞いています。セブンイレブンが中心に広めたと言われていますけど、実際はダイエーなどのスーパーが始めたようです。
実はこの風習は花柳界の旦那衆のお遊びだったということをご存知でしょうか。

花柳界というのをご存じじゃない人もいることでしょう。花柳界とは花街とも呼ばれ、いわゆる芸者や遊女のいる街。すなわちそういった繁華街です。
戦前はそうした施設を街の一か所に集め「赤線」と言っていました。そうした地域が地図で赤い線で囲まれていたからだそうです。つまり半ば公然と売春が認められていた頃の名残です。
それが1956年に売春禁止法が制定されるに至って赤線は事実上なくなって行きました。

海苔の消費が2月は少なくなることが海苔業者の悩みでした。そこで何か売上が上がる方法はないかと考えあぐねた。すると新香(つまり沢庵漬け)を芯にした新香巻をこの時期に恵方に向かって食べる習慣が花街で良く行われたことにヒントを得て1932年(昭和7年)に始めたというのです。
もう皆さんおわかりですよね。
新香巻を黙って食べる遊女を見てニヤニヤしながら酒の肴にしていたんです。
その理由は黒い海苔巻きを○○に見立てて、それを○○で苦しそうに○○してるのを想像して

とても恥ずかしくて私にはこれ以上書けません。

つまり「戦前から一時途絶えた」のではなく、当時は赤線があったのでそれが花柳界の風習だと知っている人々が多かったので一般家庭では広まらなかったんです。
しかし、戦後になって赤線が廃止されそうした事情を知らない人が増えたことで広まったと言えるでしょう。最初は「恵方巻」という名前はなく、それを命名したのがセブンイレブンということから「コンビニ発祥説」になったようです。

まぁ買ってくれるのなら乗らない手はないので代理購入に行きましたけどね。
でも由来を教えたら「えー、そんな下品なことやったん。みんな知らんで買いよるんやな」と驚いていました。ご利益なんかありゃしませんよ。

「そういうことなんで切っちゃってよい?」
「ああ、良いよ、切りよ(あっさり)」
来年は絶対買わないんだろうな(笑)

あっ、おごってもらってばかりじゃ恐縮なんで浅蜊のお吸い物を作って振舞いました。