入学から1週間以上が経ち、長女の不満が噴出してきました。
どういうことかと言うと一口に「先生がバカ」と。詰まりこういうことです。実は予めアナウンスされていたことが実際にやってみると矛盾していて、それをどうしようか、と迷っていたら「常識でわかるだろ」で済まされたと。長女に言わせるとその矛盾は謝るべきではないか、そういう主張です。
聞けばなるほど、確かにそれは迷うよな、という内容で、それこそそういう時に人生の先輩が昨日の社長のように「マジ済まんかった」と言わなければ教育ではないのでは、と思うわけです。

実は「常識」という言葉の本質には実態はなくあくまで常識がスペクトラムである以上、ルールというか境界線を引いてくれないと、それこそアスペさんの我々にしてみれば混乱してしまうのです。
都合良く「常識」で片付けられたことが娘の怒りだと思うのですが、常識とは本当にあるのかさえ疑わしいものです。実際、常識とはその人が考えていることで、違う人から見ると常識ではないことも日常茶飯事です。

例えば、長男はナンバー7を逆列暗唱でもパーフェクトにできます。ナンバー7とは7桁の意味を持たない数字を一定の時間内に記憶するテストです。人の記憶は数字において通常3桁が標準で、記憶力の良い人が4桁や5桁の方法を使います。ですから短時間に7桁を憶えるには特殊な方法でないと記憶できないのです。
彼は、それがかなり優れた能力だと言われるまで、周囲の人はそれが普通にできると考えていたようです。しかもその能力は小学生ごろには確立していたので、周囲の人はできると信じて疑わなかったのです。
もし、これを基準に常識と言われたらどうでしょう?

結局、常識とはこのようにその場の雰囲気で都合よく使われているに過ぎません。
元々、理論的でないことに憤慨を持ち易い我が家の考え方では馴染まない考え方のようです。


本日は貰った竹の子で「青椒肉絲」です。読み方は「チンジャオロースー」です。
チンジャオロースと書いている人も見掛けますが、長音が最後に付きます。最後の長音を省略する習慣のある工学系の人でもこれには長音を付けます。
クドイようですが「ロース」では意味が違ってしまいますので、今後はチンジャオロースーと表記もしくは発音してやってください。