不登校だった長女と違って、長男は不登校ではありませんでした。というか、無遅刻、無欠席。
高専に入学してからも、かなり遅刻ギリギリではありながら授業に遅れるということはありませんでした。車にはねられて肋骨にひびが入ったときも休まなかったくらいです。
それが3年からおかしくなりました。
朝いくら起こしても起きないんです。どう考えても遅刻の時間に家を出発して通っていましたが、高専という学校は前期だけにやる授業や、後期だけにやる授業というのがあります。コマ数の少ない教科が1限にあると、そう、お察しの通り「未履修」となります。未履修は即留年。
彼はこのギリギリのラインで持ちこたえ進級したんです。

まぁ、そういう事情から彼のカウンセリングはスタートしたんですが、前年は何とか進級できたものの、問題はそうなった理由は何なのか、でした。これがね、よくわからない。
ただひとつわかったのは、私が一回かなりハードに起こそうとしてメンタルがメルトダウンしたこと。
それ以来、私が起こすことを辞め、華音社長がソフトに起こす、というのが日課になりました。
えーと、口で言うのは簡単ですが、1時間近く声掛けするってとっても大変なことです。

昨日は何と1時間半も起きさせようとして、とうとうダメ。さすがに社長も疲労困憊でした。
学校を休んだのは今期が3回目。こうなった時は、あの弁当はどうなるか、というと、バラしてお皿に盛り、ご飯は温め直しておにぎりにしています。行けなかったことへの罪悪感を減らそうということからです。

「今日ばかりはもうムリ。弁当を見る気もない」
「ご苦労やったね。弁当はオレがするからいいよ」

こんな感じです。

午後も遅くなって漸く「ご飯食べない」の声掛けに起きてきた長男。かなり疲労がたまってるという顔色です。
そのまま夜まで待って、晩ご飯を食べなながら「今話しても大丈夫?」と切り出しました。

「お母さんがな、1時間以上起こしても起きられんかったやろう。あの後、仕事に行くんやからお母さんの体が持たんで」

そういう刺激が特に功を奏しないのであれば、これ以上母に負担を掛けるな、だったらそれを伝えておけとそういうことを言ったわけです。見ていて社長が気の毒としか思えなかったんですね。

翌日、結局そうした話は何もしてくれなかった、ということでした。弁当も作り終わって、長女が出掛けたあと、ガタンガタンと何かにぶつかりながら誰かが上がってきました。そう息子です。
かなりムリして起きてきたんでしょう。

2人して「どうしたこと?!」

アスペルガーの子って、こんな感じ。
すっごい、罪悪感を感じてるんですよね。だからこの日は何とか自力で起きてきたんでしょう。でも明日は明日の風が吹く。土台かなりムリしてるんだから続くわけないよね。
でも顔を見て、送って行った方が良いなと思い、ひとっ走り行ってきました。
この生活はいつ終わりを迎えるのやら。

本日は「白身魚のフライ」に「南瓜の煮物」
そうです、既製品に逃げました。でもタルタルソースは作ったんだぜい。全部逃げたら申し訳ないから。
一応、冷凍室を循環させるという目的もあったんで。
南瓜もホクホクで旨いし、ま、こういう日もあって良いでしょう。