以前の記事からの抜粋です。

私たちが学校で教わった歴史では軍部の暴走が戦争への道へ突き進む原因となった。大体このように教わったと思う。だが、これは真実ではない。
厳密に言えば軍部・産業・メディアの三者が協力して戦争へ向かわせた、と考える方が正しい。この戦争への是非となると簡単に終わらない記事になってしまうので割愛するが、戦前の少なくとも昭和6年までの朝日新聞は大阪朝日を見るまでもなく軍部批判を前面に打ち出した戦争慎重路線を走っていた。
ところが満州事変が起こると全く方向転換をしてしまうのである。その理由として朝日は「満州事変以降、太平洋戦争末期になればなるほど厳しさと細かさが増していった。新聞側は、その流れに強く抵抗できないまま、次第に迎合していく」とした。しかし戦争反対とは言えないまでも中庸の立場でいることはできたのであって、より踏み込んだ「迎合」すなわち「戦争協力」へ向かう理由とは考え難い。
また「右翼からの圧力」を受け暴力に屈した、との意見もあるが、それだけによって協力するのも合理的な理由となり得ようか。
新聞は戦前までの最大のマスメディアであった。この21世紀においても生き残っているメディアであるが、それまでの新聞というのは絶大な力を持っていた。丁度、朝日新聞が方向転換した時代に新たなメディアが登場する。それがラジオだ。
新しいメディアに対しては既存メディアは非常に敏感である。何故なら、新たなメディアによって既存メディアが取って代わられる恐れがあるからだ。ラジオの速報性は新聞を十分に脅かす存在だった。
結局、戦争協力路線への転換の原因は「そろばん勘定」を優先したからではないだろうか。
新聞というのは戦争で部数が伸びるからだ。現にその後協力路線になった毎日と朝日は猛烈に発行部数を伸ばした。彼等は紙面で国民を煽りに煽ったのである。そして向かわせた先は地獄である。
AERAの表紙を見て思い出したのは、この朝日の大罪なのだが、煽られた国民が全く思考停止して思うツボだったことの方が大罪ではないか。
重要なのは朝日新聞がプロパガンダになったことではなく、我々が常に冷静な目で見てチェック機構の機能を果たすことだと思う。
戦後の朝日新聞が「戦争責任」とか「戦争犯罪」などと終戦記念日の特集で書くのなら自身の批判をもっと掲載すればいいのにね。