9月21日に大分市美術館で行われた「デザインの魅力と課題」に娘と参加してきました。
館長の菅さんの司会で芸術文化短期大学で講師を務める教授お三方とデザイン現場代表として足立さんがそれぞれの立場からお考えを述べるというものでした。
実は菅さんは直接ではありませんが、私の母校の教師を務められておりましたので、先生と生徒に戻ったようでとても居心地が悪い(笑)

水戸岡鋭治さんの作品の特徴やその作り方などの解説から、最近賑わせた東京五輪のエンブレム問題まで幅広いお話で、全体としてとても勉強になりましたし、また大きくうなずいて同意できる点も多くありました。
一番びっくりしたのは水戸岡さんの「真似をしてもいいけど、俺よりうまくやれ」という言葉でした。実は私もほとんど同じようなことを前から言っていました。
私は真似をされるということに特に何とも思っていません。ただし私より上出来であることが条件です。私より下手な作品なら容赦しませんよ。値段も私と同じか高くしないといけませんね。
と言いますのは、真似されるほどのものというのは「優れている」とお墨付きをいただいたようなものだからです。一流と言われる人にはファンがいますし、感化されて亜流を必ず生み出します。これは芸術でもデザインでも必然なのですよね。

それで佐野研二郎さんのことなんですけど、非常にデリケートな問題としながらの解説でした。実を言えばパクったのかどうかなんて良くわかりません。どういう立場から似ているか判断するのは勝手ですが、それを判断できるだけの専門的知識や証拠を持ち合わせていない一般の人々が判断を下すことは甚だ疑問です。最終的には司法による判断ということになるでしょうが、恐らくネットで攻撃している人の多くは判断知識を持ち合わせていないと思われます。
私も判断できません。このデザインに至った経緯を聞く限りではオリジナルであったのだろうと思われますし、それが偶然にも良く知らない劇場のロゴに似ていたのでしょう。タイポグラフィや抽象性の高い作品だとそういう可能性をすべて回避することがかなり難しいのは当然ではないかと考えます。

さて、ここで問題なのはパクったかどうか、ではありません。
これが最初に言われ始めたのはネット住民によってです。それをメディアが面白く扱うことによって広まります。先にも申し上げたように、判断には裏付けが必要なのですが、パクったと勝手に決めつけて攻撃したことです。自分の意見が正しいと思うとすべて自分の行動は正しいんだ、と思い込む人々の方が余程恐ろしい気がします。
これは正義をを振りかざす暴力です。極左テロ集団と何ら変わりません。
この国は法治国家です。言論の自由は無制限に保証されているのではないことを重々承知おくことです。


本日は「肉じゃが」
それも正真正銘「牛肉」の肉じゃが。普段は鶏肉だよ。
神よ、許し給え。我は牛肉という禁断の食物に手を染めてしまった。