BLOGOSからこういう記事が回ってきました。

「当事者」は語れず、「経験者」が代表する~不登校から虐待まで~

まぁ、そうでしょうね。
トラブルのピークであったり、あるいは暗中模索の状態でいろいろ言えないのは確かだと思います。時間が経過して落ち着いて考えてみると、という枕詞が付いて語ることが圧倒的に多いという印象があります。
これって、もしかするとカルト教団を盲信して現実に戻ってきた人なんかにも言えるのかも知れません。
もう一つ言わせてもらうと、当事者の親もそうですよ。
ある程度話せるようになった時とは解決の糸口が見つかって効果が見られたときです。どう解決していいかもわからないときに語れるというのは、かなり客観的に分析する性格でないと無理のような気がします。


本日は昨日の「豚汁」に若干手を加える予定。
キムチを加えたり、ちゃんぽん麺で〆たり。
豚汁をだたの豚汁で終わらせないのが大阪の商人だす!(あんた大阪人ちゃうよ)