今日の私たちはどのような過去によって形成されてきたか。それを学ぶのが歴史という勉強です。
日本人はどこから来て、どうやってこの国家を作ったのか知り、現在の生い立ちを知る勉強です。一人の人生だって世界の歴史の中では短くても、それも歴史ですよね。

ただ面倒なことがあります。
皆さんの過去の出来事においても経験はないでしょうか。
ある人とある人、同じ事象を証言してもらうと微妙にニュアンスが違っていたり、全く違う答えが返ってきたり。普段の生活の中でもこんなとはよく起こります。
それは各人の見ている立場が異なるからですよ。

私は長女が不登校だったこともあって、家で私がプリントを作って勉強を教えていました。自分の経験から言って、学校の授業で歴史の内容はほとんど理解できません。ただ出来事と年号を並べて知識を身につけても、それは単なる知識でしかなく、理解には程遠いものです。
たとえば明治維新のときの尊王攘夷を説明してください、と訊くと答えられない人が大半だったりします。でもテストでは点をもらっている。そういうものなのです。

この日本は国家としてまとまるために朝廷を中心としました。天皇が治める国家です。
教科書では政治を行った者を中心に進めて行きます。それはそれで構わないんです。でも「ナニ時代」というのは学問上後からつけた名前ですよ。それくらいは言ってもらわないとよろしくないと思います。
それでです、現在に至るまで天皇陛下がいらっしゃるわけです。戦後は憲法によって、天皇を「象徴」とするとか訳わからんことになっているのですが、それ以前はずっと天皇を中心とした立憲君主制国家であり続けました。
世界的に見ても、これだけ長きに亘って国家がまとまり続けた国は稀です。ずっと日本は日本であり続けたのです。
これをしっかり認識しないと、先の「尊王攘夷」の意味もわからずに用語知識だけ脳ミソに入れてしまうのです。鎌倉幕府で突然朝廷が消失し、後醍醐天皇の反乱でいきなり南北朝時代があって、ゴタゴタの室町で応仁の乱から戦国時代そして江戸時代。また江戸末期に朝廷(意味わからん)
混乱して当然です。混乱するように教えている歴史教科書が多いのですから。

我々が特に正確に認識すべき時代は近代史です。おそらくペリーの黒船外交から後の帝国主義によるアジアの蹂躙を知らないと意味がわからなくなります。
天皇制の国家であると思い出す南北朝時代は大事ですし、とりわけ「応仁の乱」はとても大事で、室町政権がどうしてダメで戦国の世を招き、後の江戸時代は安定したかは対比のようになっていますから。
そう言えば江戸幕府は鎖国をしたのですよね。キリスト教の禁教と弾圧も行ったのです。これを皆さんはどういう感じで捉えました?人権の侵害だとか信教の自由を奪う酷い行為だ、とか考えませんでしたか?

それって間違いです。
いつの時代においても政府は国民の安全を優先します。国家の安全失くしてそれはないのです。
キリスト教はそれを脅かす存在でした。
そもそもが南蛮人は何となく日本に来たのではありません。彼らは明らかな目的をもって日本にやって来ました。彼らが欲していたのは日本の金と銀です。石見銀山は教科書で参考資料として扱われていますが、銀の産出量は世界でも当時有数の銀山でした。ヨーロッパでは金と銀が度々不足しており、安定的に入手するために日本へやってきたのでした。しかも平和的に行うのではなく。

彼らのやり方はこうでした。
まずはキリスト教を布教する。すると教徒ができ、彼らは勝手に流布をする。すると相手の国は警戒心を弱めて行きます。そこへ軍隊を送り込みます。信徒らも侵略者に加担しあっという間に制圧され植民地の一丁上がり。
こうして植民地化された国々はそれはもう悲惨です。人は人として扱われません。

当初は日本での布教に理解を示した秀吉でした。しかし、それが寺社仏閣への不当な破壊行為や果てに人身売買に至ることで秀吉の逆鱗に触れることになるのです。九州統一後の「九州御動座記」に

「バテレンどもは、諸宗を我邪宗に引き入れ、それのみならず日本人を数百男女によらず黒舟へ買い取り、手足に鉄の鎖を付けて舟底へ追い入れ、地獄の呵責にもすくれ(地獄の苦しみ以上に)、生きながらに皮をはぎ、只今世より畜生道有様」

という記述があります。
また日本のイエズス会支部長ガスパール・コエリョに対して以下の五カ条の詰問書を突き付けています。
(一)彼および彼の仲間は、いかなる権威に基づいて秀吉の臣下をキリシタンになるように強制するのか。

(二)なにゆえに宣教師はその門弟と教徒に神社仏閣を破壊させたのか。

(三)なにゆえに仏教の僧侶を迫害するのか。

(四)なにゆえに彼らおよびポルトガル人は、耕作に必要な牛を屠殺して食用にするのか。

(五)なにゆえにイエズス会支部長コエリョは、その国民が日本人を購入し、これを奴隷としてインドに輸出するのを容認しているのか。

ご覧の通り、宗教への弾圧より宗教間の争いや内乱の扇動への警戒を色濃くしているのが良くお分かりいただけると思われます。こうした事態はこの府内においても、大友宗麟がキリシタンになったことによって頻繁に起こっていたことでした。
日本人の奴隷が実際に取引されていたことは天正遣欧少年使節の記録の中にもあります。大分市にも伊東マンショの像があるでしょ。あれはこの使節団に加わった人です。
当時の武将は戦上手に加え、かなり政治的に切れ者であったことが伺えます。秀吉の政策は家康にも引き継がれたことでも理解できるでしょう。
幸いだったことは、当時の日本が軍事的に最高潮に達していた時期だったことや、文化レベルが高かったことにより植民地化を免れたことです。これも秀吉の英知があったればこそでした。
江戸幕府は鎖国政策を進め、島原の乱が起きると徹底的にキリスト教を弾圧して行きました。国家安泰を妨げる彼らがのさばって歯いけなかったのです。国防上止むを得なかったのです。そうしてポルトガルはアジアで勢力を伸ばせず、布教をしない条件に貿易を限定的に許されたオランダが勢力を伸ばすことになります。

歴史の勉強では何年に何があったかより、こういう「理由」をキチンと教えなければ意味がないのです。それが正しい政治観にもつながるのですよ。


本日は「シチュー」です。
寒い時期になってくると食べたくなりますよね。しかも栄養のバランスもgood。