もう師走です。今年も気が付けば残すところ1か月です。
木工屋も走る、とか以前書いてましたが、どうも今年は違う意味で走りそうです。

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で、今日のお弁当なんですが、昨日は気が付いたら7時をすでに回っているという状況でした。実は未だに咳が止まらず、体調が回復いたしません。全て華音社長に作らせてしまいました。
申し訳御座らん。
今日の出汁巻玉子には七味唐辛子がちょっとだけ掛けてあったり、ご飯にも黒ゴマが掛けてあったりと細かい仕事はしております。ちょっと変わった料理も含めてなのですが、どうも私は何かで人を楽しませることが好きなようなのです。
だからテーマに沿ってメニュを組み立てたり実行したりすることを苦痛と思わないようです。
実はモノづくりでも料理でもこの性質はとても大事だと思っています。
だって買ってくれる人は、対価を支払う以上のメリット「楽しみ」があるからこそ、買ってくださりますから。
でもね、
料理もそうですが、こちら側で「楽しい」は、果たして相手とリンクしているんでしょうか?

多分、微妙にずれていたり違っていたりするでしょう。
料理の味なんかは8割満足させることができても100%満足って、ちょっとあり得ないんじゃないでしょうか。つまり誰もが満足はないのでしょう。
極端なことを言えばごく僅かなニーズに応えるだけのモノもあるのではないでしょうか。それを「隙間商品」と呼ぶのですけど、そうした誰もがやらない商売に一見つながらない商材を作ってくれるって、マイノリティからすればありがたいじゃないですか。

人の楽しみがわからないのと同じように「幸せ」にも基準がありません。感じ方は人それぞれです。
でも結婚するときに「幸せにします」とか言っちゃいますよ。
うん、「この人を幸せにしたい」と言うのは、紛れもなく自分の人生を誰かに「捧げる」と覚悟したから言うのです。
間違いなく華音社長は経済的にも精神的にも幸せではないでしょう。それでも夫婦や家族は共有してお互いが至らないとしても支え合っている家族なのです。
私のメニュに批判が出ることもあります。でも、それは反省点ですから改めれば良いことです。そうやって私たちは小さいながらも人生の階段を登って行くのだと私は思います。
この価値観が違う人と一生添い遂げる自信はございません。

私たち*Clear*は結局、誰かの幸せについて考えています。それが思い込みかも知れないし、当たっているかも知れない。それを一所懸命に考えることを止めたらこの仕事はできないのではないかとも思うのです。


本日は「牛丼」です。
牛丼でも〇野家やす〇家とは違い、かなり具だくさんな牛丼です。
当然ですよ、貧乏なんだから如何に牛肉が少なくても美味しいか、を考えるでしょ。