いろいろと本は面白い発見を与えてくれるものです。
おそらく「ある書評」でも書くと思うのですが、書籍の良さはある事柄について体系的に知ることが出来る点に尽きると思います。ネットでも我々は手軽に情報を得られるようになりました。それでも本は必要です。むしろネット社会の登場がそう思わせるようになったのかも知れません。
かねてから言われているように、大東亜戦争はソ連コミンテルンの工作によって、日本と米国という資本主義国家の対立構造を作り共倒れさせるためでした。多くの動かぬ証拠として、日本サイドではゾルゲ事件を起こしたリヒャルト・ゾルゲの配下だった朝日新聞記者の尾崎秀実(ほつみと読みます)は近衛内閣内部に入り込み、対米戦争を焚き付けました。戦前の朝日そのものが共産主義シンパだったのは、尾崎の論調と同様に、国民に戦争を煽るだけ煽った点に尽きます。
さて問題は、そうした工作が可能なのかどうか、という点でしょう。
以前からの調査で、ある程度のそうした手法が明らかになっています。今回はメディアをどのような操作によって対日戦争へ誘導したか詳細に知りました。
メディアを操作するために利用したのは労働組合でした。アメリカ新聞ギルド、というのがそうです。
1933年に設立された組合ですが、1935年よりアメリカ共産党の巧みな働き掛けが始まります。当初は編集者や記者が中心だったものが、事務員などの従業員が共産党の指導の下次々に加盟し半数以上を占めるようになると、簡単に共産党によって乗っ取られてしまったのです。
第2のターゲットは作家でした。
アメリカからソ連に追放されたジョン・リードの名を冠した「ジョン・リード・クラブ」を1929年に設立しました。ジョン・リードという人はロシア革命やメキシコ革命が始まると現地に取材。労働者に寄り添ったルポを書き有名になった人物です。1919年にアメリカ共産党が設立されていますが、これにも関わっています。
元々が左派の、つまりプロレタリア文学に傾斜していたような作家らが作ったクラブとということになります。ココが米国における文学のプロパガンダの中核になります。
反ファシストを掲げ、共産が民主的でもないのに「ソ連が最も進んだ『デモクラシー国家』」だと喧伝し、作家はデモクラシーを推進する作品を書かなければならない、などという赤面モノのことを言ったわけです。ウソ仰い!
ともかく日本やドイツを擁護するような文書は罷りならん、との論調でした。
さてそのメンバーに著名な作家が名を連ねています。
そのひとりがヘミングウェイです。
偶然ではありません。彼は真っ赤っかの思想を持っています。現にスペインの内戦で人民戦線に関わっています。人民戦線はソ連シンパの共産主義です。そのことを元に書いたのが「武器よさらば」や「誰がために鐘は鳴る」 ほらアカでしょ。
ヘミングウェイはノーベル賞を受賞した「老人と海」が有名で読んだ人も多いことでしょう。あれってノーベル賞を受賞するような内容でしょうかね。実は受賞は政治的な思惑からとは大人の事情。
84日間も漁の成果がなければ干上がっちゃうよね、とか「夢落ちかよ」とかツッコミたい内容だと感じながら読みましたっけ。言わんとすることは分かるが、だからどうした的な印象でした。
老いは誰にでも訪れる平等な宿命ですけどね、体力面ではともかく、人間的成長は長く生きた者でしか得られないものがあるはずです。そうした崇高なものを評価せず、ムダに若いときの体を求めているような感じがイヤでした。元祖アンチエイジング。
イデオロギーで作品の判断をすべきではないと思います。事実、左巻きの人の作品でも好きなものはあります。しかし音楽や絵ならいざ知らず、文学は作家の考え方がかなり反映されますから好き嫌いが出てしまうのは仕方がないでしょう。
ところで、芸術に関わる人に少なからず左翼的な思考が蔓延るのは、その世界を長い年月を掛けて左翼思想に染めてきたことが原因のひとつでしょう。新聞や文学を左翼的にし、それをエリート気取りや知性派を気取って読む。感動して(私は違うが)広める、の流れ。
絵は感情で描くんだ、とか言ってる人いましたけど、それって感情が常に「正しい」と思っているから、そんな厚顔無恥なことが言えるんだと思いますね。感動も含めてですけど、一種の興奮状態だと考えられるわけです。それが良いんだは、結局「キチガイ状態が良いんだ」と言ってるのと変わらないんだと思うのですね。だから深く考えず上っ面の良い言葉に感動して興奮してキチガイになるサヨクにシンパシーを感じやすいことになるのでしょう。
感情の反対側にある「理性」も上手く使わないと、ただのバカになっちゃいます。本当にどうしようもないバカが居ますんでシャレにならないわけですが。
そうそう、キチガイと言えばヘミングウェイはショットガンで自殺。なるほどね、心は作品を執筆しても満たされなかったんだ「老人」のように。
命の尊さを貫けよ、とは単なるお節介です。
かなり皮肉を込めましたが、ヘミングウェイがフィッツジェラルドのアル中を皮肉って批判していいたのに、自分もアル中じゃん、というのが乗り移ったのでしょう、きっと。