木工の世界で海外の木工機を導入するケースは希ではないような気がするのだが、実際に検索してみると実務に関しては非常にコンテンツが少ない。そうなる理由は思い当たる節もあるが、逆に言えばアマチュアの木工家が喉から手が出るほど情報を欲しがっていることは容易に考え付く。
現にRYOBI BTS21を導入した辺りから木工に関する質問のメールを度々頂くようになった。
その内容は上級者の具体的なものから、初心者がアドバイスを求めているものまで多岐にわたる。特に今回は「今から木工を始める」というビギナーについての考察を書く。
ある時、木工に興味があり、今から工具や機械を購入しようと思っているが、最初に最低限揃えないければならない物はどういうものか。概ね、こういう内容の質問メールを頂いた。
この方への返信メールはビギナーにぜひ知っておいて欲しい内容と思い、記事にさせて頂く。プライバシー保護のため質問者のお名前はA様という仮名で表記している。


初めまして、A様。
Clearの木工担当です。
ご質問の件ですが、意図するところは良くわかりました。それをお話しする前にご注意があります。
まず私の立場ですが、本来は建築設計の教育を受け、その後実務に関わっておりました。木工の製作は最初に入った会社で勉強しましたので(主に什器の製作)他社の方法は良く知りません。
そのために私のお話することが、この業界全てを指し示しているわけではありません。
また、他人に教える文章の教育を受けたこともありませんので、文章的にはその道のプロより劣る、と御考え頂く方が間違いないと思います。慎重には記述しますが、誤字脱字も含めて完璧なテキストではないことをご承知ください。

A様は今から木工を始めようということですが、求めている作品の内容によって道具もスキルも全く異なるものになることは自明の理です。またA様が現在製作するに当たってどのような知識をお持ちなのかも私は承知しておりません。従って、私はA様が建築工学や機械工学の専門知識や実務経験がない方、ということを前提に失礼ながらお話を始めます。
もしこういう知識を持ち合わせているようでしたらご容赦下さいますと共に、この章は読み飛ばしてください。

木工と言う趣味は他と違って少し特殊な性格を持っています。
例えば椅子ひとつ取っても人の体重を支えなければなりません。生活の中で実用品であると共に安全に使えなくてはなりません。
私が木工という世界を見て感じるマイナス面を先にお話しようとしています。
先に述べましたように、木工品は何より安全に使えなくてはなりません。安全でない作品を使った結果は、ケガや重大な事故を起こす原因であることは間違いありません。ご自宅でご使用されるにしても、家族のケガなど考えたくはないでしょう。従って安全な作品にするためには構造面の知識や組み立て方法の知識が絶対不可欠なのはご理解頂けると思います。
木工は他のホビーと異なるのはこの点だろうと思います。通常、ホビーで安全への責任を問われるものはそう多くはないでしょう。これらに入るものでは自動車やバイクのカスタムなども含まれます。
ご自分で整備した自動車が、その整備が原因で事故を起こせば、その責任を負わなくてはならないのですから、ただ楽しいだけではないのです。
画家が書いた絵に安全性が求められないことを考えれば一目瞭然だと思います。

体力面の問題。
大きな作品となると材料の運搬、製作途中での移動、作品の搬入と重労働が増えます。A様は木工機まで視野に入れておられるようですが、これらの機械も一般家庭では手に余る重量です。
私は現場の仕事もしておりましたが、正直、これは大変でした。体力勝負と力自慢でなければ骨が折れる仕事です。私は体力に自信がありませんから、現場は収まりの勉強のために渋々していたに過ぎません。収まらない図面を書く設計士を口悪い現場の職人は「絵描き」と呼びます。要するに絵に描いた餅だと言うのです。そう言われたくなかっただけに過ぎません。
これを貴重な休日に行うのは長期的に見るとモチベーションを押し下げる最大の原因ではないかと思います。

またスペースの問題もあります。
材料の保管場所、作業場所、工具保管場所とかなりのスペースが必要です。
例えばテーブルソーで長手にカットする作業の場合、6フィートの材料を用いれば前後にその長さ分のスペースが必要であり、およそ4mほどのワークエリアが必要です。日本の建物の尺度でいうと2間よりも長いので8畳以上の部屋を要求していることになります。我が国の住宅事情で考えると、このような部屋が確保できるのは希と言わざるを得ません。
庭で青空木工という方法もありますが、週末が常に好天に恵まれるわけではありません。当然、寒い暑いも直撃です。機械や道具は濡らされませんから、雨に濡れないよう倉庫が不可欠です。

騒音はどうでしょうか。
金槌を使っただけでもかなり大きな音がします。
機械ともなれば相当な騒音を撒き散らします。集合住宅の室内という条件では絶望的と言わなければなりません。機械の騒音は後述しますが「無音」には絶対になりません。
このことからも実際に作業できる時間は限られてくるはずです。夜間や早朝は音の出ない作業をするなど工夫も必要です。

そして作業者の安全性です。
工具も油断をすれば大ケガをします。まして電動工具や木工機は動力を用いているのですから、一歩間違えば死亡に至る大事故も起きかねません。
そして事故を起こせば何かしらのリスクが発生すると思われます。指を切断してしまえば仕事に差し障るような方は少なくないはずです。そのことが原因でご家族が何かしら影響を受けることも覚悟しなければなりません。
逆に機械というのは事故が起きる原因を理解して防止に努めれば安全に使えるものです。そのためには事故を防止する高い安全意識が必要です。
これは特に強調しておきますが「油断大敵、ケガ一生」です。

そして、これも重要ですが経済面です。
木工を始めるにはご質問いただいように工具が必要です。その工具は非常に多く、比較的価格の安い手工具を揃えるにしてもかなりの金額です。電動工具や木工機ともなると安くても1万円台、高いものとなると数百万の世界です。しかも日本のメーカーはアマチュア用機械の提供には消極的です。
もし年間に数個程度しか作品を作らないのであれば、これらの道具を果たして自前で揃える意味はあるのだろうか、という疑問が出てきます。費用対効果は非常に低いと言わざるを得ません。
また機械を使うとなれば、機械整備の最低知識が必要です。その分野は機械工学の分野であり、最適な締め付けトルクや分解組み立て方の理解であり、金属加工のデータムや幾何公差の基本理解が必要です。
そのためには工業高校の機械科や自動車科程度の知識が最低条件必要です。

このように木工にはマイナス面があることをA様には事前に知っておいて欲しいのです。
私のような立ち位置の者が非常に失礼ながらこのようなことを申し上げるのも、道具だけ教えた結果、事故やケガに繋がった場合、安易にした行為に私も責任があると考えるからです。
電動工具を販売するサイトではリスクにほとんど触れません。そんなことをしたら売れなくなるからです。
またアマチュアを初めプロも木工に関して理論的な解説を試みたコンテンツは非常に少ないはずです。その例として、私がBTS21を導入した頃、タマクラフトの芝地氏に伺ったところ数百台の納品実績があると聞きました。しかしBTS21のコンテンツはネット上で私も含め数人の方の記事しかヒットしません。
また、会社では先輩からの指導によって教育しているのが当たり前で、小さい世界で技術が継承されていきます。これをわざわざ世界に向けて発信する義理や義務は常識として持たないと思われます。
つまり、本当に欲しい情報は事実上この時代になっても思うように手に入るのではない、と考えているのです。
もし、A様がネットの情報を見て「案外できそう」と思って質問された方であれば、このような返信をするのは私の責務だと思いました。

木工は安易に始めてはいけないと申し上げます。
しかし、モノ作りの楽しさはもちろんあります。出来上がったときの達成感は難しい仕事であればあるほど満足できますし、だからこそスキルを上げられるよう勉強もできますしチャレンジもするのですから。
A様がこれらのリスクを承知の上で、もし努力も厭わない、というのでしたら喜んで道具のアドバイスもしたいと思います。
しかし、機械を導入するとなると一気にハードルの高さが上がります。アマチュア用の機械は基本的に汎用モーターを使用しているので、モーター自身の騒音が高いのです。それ以上となると誘導モーターが一般的ですが、これでも掃除機程度の音がします。それより、刃物が被加工材を加工するときに甲高い音が出るので無音にはならないのです。そういう意味で機械の導入は誰でもできる状況にないと考えるのが自然です。

最後に、私からの究極の提案を申し上げたいと思います。
「道具を持たない」という究極の選択です。
ホームセンターの工作室を最大限に利用するというもの。工作室にはかなりの道具が揃っています。これらの工具は店員も使い勝手をよく理解しているので、アドバイスを求めれば丁寧に教えてくれるはずです。
年間にたくさん作らないのであれば、カット料など機械購入費に比較すれば大した金額ではありません。
もちろん天気の心配も必要ありません。
消耗品やない道具で必要になった時に購入するのは、結果的に賢い選択ではないでしょうか。
今一度、冷静にリスクを判断しステップを踏み出して頂きたいと切に願って止みません。
最後に長文、拙筆何卒ご容赦下さい。


その後、Aさんからお返事を頂いたところ、そういう教育を受けたことがなかったそうだ。平たく言うと「ずぶの素人」だった。
奥さんが読んでいた雑誌を読んで興味を持った、と書かれていた。
僕はAさんが知りたかった事とは全く違うことを返信した。しかし、僕の意向を汲み取ったのかメールには感謝が綴られていた。もし僕から道具のことだけを聞いていたのなら「何かやっちゃってたんじゃないかと思います」と言うのだ。
「近くのホームセンターで教室があるそうなので、それから始めてみます」
僕もそれを彼に推奨した。先生について勉強するのがこの場合、最適と思ったからだ。
何回かメールを頂いたが、どうやらモノ作りのセンスが元からあったようで腕を上げている様子が窺えるだけでなく、楽しそうな様子がひしひしと伝わってくる。
今回、この内容を記事化するに当たって了承を得ようとメールすると二つ返事でご快諾を頂いた。何故ならこのメールがAさんに取っての「初心」だからと言うのだ。そういうものは他の人が読んでも意味があること、というのだった。

ただ、僕のことを「先生」と呼ぶのは恥ずかしいのでやめてください(笑)