職人というのは「仕事は盗んで覚えろ」というスタイルをとっている人が多いように思います。かくいう私もかつて木工の仕事の修行では同じことを言われました。
しかし、子どもの勉強を見ていると果たしてそれでいいのだろうかと思います。

技術というのは伝承で伝えられた部分が多いのですが、逆に言えば「伝承されずに廃れた」技術もあったはずです。例えば他に替わる技術が登場した、とかあまりに人を選ぶ神業だったためだとか。
一番困るのは恐らくその業界が下火になり伝えられなくなったからでしょう。

日本はその昔、クジラを重要なタンパク源として捕獲してきました。
それがクジラが減少したという理由と、どこぞの過激な環境保護団体がワーワー言った結果、捕鯨は規制され、それで生計を立てられなくなりました。現在調査捕鯨という名目で僅かにその技術が辛うじて残されているに過ぎません。食えない産業に人は集まらないものです。
実は林業もそういう斜陽を続けている産業です。そして木工も同様の傾向にあります。
以前ならば各県に設置する高等訓練学校には必ずと言って良いほど「木工科」がありましたが、現在は九州管内だけでも数えるほどしかありません。伝承すべき受け皿がそれだけ少なくなっているという証拠だと思います。

最初に言ったように親方と見習いの間柄でも仕事はオープンで教えるものではありませんでしたし、商売敵にはトップシークレットにするものでした。それは昔は身の回りのものほとんどが手作りで、技術こそが商売の要だったからです。
しかし現在はどうでしょう。
身の回りには安価な量産品が溢れているではありませんか。
このような時代に技術とは手作りをしている人々は当たり前に持っていなくてはいけないし、ユーザーも技術があることに疑いを持っていないかも知れません。
しかし実際には専門的な教育を受けたわけでもなく、これからしっかり勉強しようという向上心もなくインテリア雑誌を先生に自己流で勝手気儘に作られたものが横行していることも事実です。厳しいことをあえて言いますが、人にお金を支払って頂くからにはそれなりの覚悟は持たねばなりません。
私は技術は出し惜しみするものではないと思います。
制作者は技術をスタンダードなものとして共有するべきだと思っています。技術というのはある程度マニュアル化できポイントを押さえれば「熟練の」などというものではなく、誰もができるものなのです。事実、私の息子が一生懸命勉強しているプログラムは最新のものでも数年後は陳腐なものになってしまう可能性のある世界です。何故ならコードはデファクトスタンダードになることが多いからです。では、それでも勝ち残る理由は、と尋ねられれば、それを使ってデザインしたり新たな技術に発展したりする能力はマニュアル化できないからだと考えます。
究極的に私はその脳の力に本当の対価が発生するべきではないか、と考えています。私が子どもの教育に関わって特に感じたのはこうした能力を伸ばすことでした。「考える力」が最も重要視されなければ教育は死ぬと思います。

そうしたことを踏まえると、現代において技術などというものは差し詰め「コンピュータの扱い」程度のことで、そこから先の部分こそが本当の価値と思えるのです。





** イベント参加予定 **


【第34回クリエイターズドーム(CREDO)】

日時:4月26日(土) 11:00~16:00
場所:ガレリア竹町ドーム広場


【大分ものづくり発見市】
日時:5月15日(木) 11:00~18:00(16時以降は自己判断で撤収)
場所:大分市中央町2丁目5-3セントポルタビル1F
   (トキハインダストリー若草公園店軒先)

【アートマーケットvol.19】
日時:5月17日(土) 10:00~16:00
場所:アートプラザ 2Fアートホール

【第35回クリエイターズドーム(CREDO)】
日時:5月24日(土) 11:00~16:00
場所:ガレリア竹町ドーム広場


【モノヅクリサローネ】
日時:6月15日(日) 11:00~16:00
場所:大分市ガレリア竹町ドーム広場